プレイリスト情報
タイトル
過去の「使用法」
概要
「ナボコフとジャンル越境」「明治十五年のアポロ讃歌」をひと続きの映画のように観てみよう。すると過去や記憶を「使用する」ということ、そしてそれがどんな使用の仕方なのかという問題が浮かび上がってくる。
私たちは通常リニアな時間を生きているが、時に人は現在にかつての光景を重ねる。そして過去の記憶があるからこそ再認が可能であり、記憶喪失者ではない現在の私達がある。しかし私たちは記憶の中で過去に想起した想像の光景と実際の過去の光景を区別することはできない。2つのイメージは共に過去に属しているが、嘘と現実という意味では相容れない。ナボコフの自伝は、小説的な操作によって虚構と区別のない記述が、ほとんど映画的といってよい光景の美しさを伝える(時空を超えてナボコフのもとへ還る蝶、父の死のエコー、鏡から鏡へ反射することで現在に届けられる旅行かばん…)。また、アポロ讃歌は古典として呼び起こされ、雅楽の権威付けに使用されたりするし、異文化同士の出会いとして、新たなる美を奏でもする。このことは、かつての同じ出来事に重ねられた異なるイメージなのである。要は過去を様々な仕方で使用することで、私たちは過去から力を得て、ある意味過去からの続く文脈を変えてしまう(それが未来?)。人文学はそこに美を見出すこともあれば、批判的に考察すべき欺瞞を見出すこともある。過去を使うことで現在を切り開くことができるのだ。
なお、若島先生の発表は2015年に作品社より出版された、若島正完訳『記憶よ、語れ 自伝再訪』に結実している。本講演で語られた初版と増補版間の差異の問題やナボコフのイメージの操作について知ってから読むと面白さが倍増。イメージとはプリズムで、一見意味不明な記述も内的な連関を理解すれば、美しい光景を浮かび上がらせるために必要だったのだということがわかる。
プレイリストに関する参考情報:
ナボコフ、若島正訳『ロリータ』新潮社、2005(文庫本もあり)
ナボコフ、若島正訳『記憶よ 語れ 自伝再訪』作品社、2015
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このプレイリストの動画一覧
教員:若島 正
新訳『ロリータ』訳者である若島正先生の講演。かつてハンバート・ハンバートとロリータがパッチワーク・キルトに見立てられたアメリカ大陸を、まさにチェスの「ナイトの動き」で移動していたことを読み解いた氏による圧巻の自伝読解が冴え渡る。
教員:近藤 智彦
本学文学部 近藤智彦先生の講演。普段ギリシャ・ラテン語の文献講読演習を行い、ご自身でヴィオラも弾きこなす先生ならではの、文献学的な視点からの解説あり、演奏ありの充実の内容。